いつか匿名は社会に殺される
刺激的なタイトルで書いてみたくなりました
毎年毎年飽きもせず論争が起こる実名VS匿名論争ですが
まぁ所謂ネット上での活動を実名ですべきか匿名ですべきか
皆さんご存知の恒例のネタなわけです
この論争の火蓋を切るのは匿名にアホな煽りくれられた実名有名人だったりして
声が大きくアテンションを集めているブロガー達が入り乱れて論争が巻き起こるわけですね
最終的には実名でも匿名でもいいじゃん的なオチで落ち着いたり、いつの間にか議論が明後日の方向に飛んでいたり、まぁ最終的には結論も無くいつの間にか終了するのが通例だと認識しています
まぁそれはそれとしてネット風物詩的なものとしてウォチャー的にはそれなりに楽しいわけですが
先日Tumblrをみていて思ったのは
「いつか匿名という存在でネット活動する人間は認められない社会がくる」のではないか
つまり
「いつか匿名は社会に殺される」のではないか
ということなんです
それを想起させたのは、あるPostが契機でした
「会社の面接で被面接者をウェブサーチするような活動がまだまだ行われていない」
「実名でサーチしたらmixiでの恥ずかしいPostが晒されてて面接で落とされた」
「ウェブ上での活動が社風に合わない、人格を疑われる」
というようなPost群でした
これだけ個人がネット上で活動することが当たり前になってくれば、
実名でサーチした結果、本人のネット活動の結果が全く見つからないというのはかえって怪しいということです
その人間はネット上で価値のある活動を行えていない、だけでなく匿名で何かしらマトモでない活動をしているのではないか
エロ画像サイトを作っているかもしれない、他人を誹謗中傷しているかもしれない、反社会的な活動をしているかもしれない
つまり、実名でネットに現れていないということイコール実名で出来ないような活動を行っているのでは、という疑念を抱かれてしまう可能性が生じるということです
また、仮にそうではないとすれば、今時ネットで生産的かつ社会的かつ知的活動も行えない人間である、とレッテルを貼られる可能性があるということです
そのような社会情勢になれば、結果として実名活動を社会から強要されることとなるのではないでしょうか
また、これだけ個人の情報発信のハードルが下がると内容と共に量にも着目されると思われます
すると実名と匿名の両方でネット活動することもままならなくなります
社会的なネット上パーソナリティを偽装するため、たまに実名で活動していたとしてもその量が不十分と認識されれば、別に匿名で良からぬことを行っているのではないか
そんな風にまた疑念を生じさせる事になる可能性もあり得ます
ということで、そう遠くない将来我々は実名でネット活動をせざるを得ないことになるのではないのではないでしょうか
なんとも息苦しい世の中で私は嫌ですけどね
以上、Tumblrと何の関係もないPostでした
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