Tumblrは自己表現プラットフォームだと思っていた件
Tumblrには色々な使い方があると思います
使い方を大別するとすると以下に区分されるのではないでしょうか
1. ブックマークの代わりとしての利用
2. ブログプラットフォームとしての利用
3. 情報収集兼発信プラットフォームとしての利用
私の場合主に3つまりreblog主体、稀にコメント付与がメインの使い方で彼此1年半ほど続けています
ブログが書けないmixiは興味がないそんな人間にとってreblogほど情報を手軽に発信できる手段はなく、その手軽さゆえに飽きもせず日々続けているわけです
そうして積み重ねられるreblogの集合体は、それは恐らく仮にブログを始めたとしても及びもつかない真の自分の思考思念の集合体になっていると確信します
そもそも思考思念を自己の言葉で表現し切ることは自分にとっては難度が高く、代わりに他者の表現を引用し、積み重ねることにより一つ一つのpostは全く関連性がなくとも、全体の雰囲気で自分の思考傾向が明らかになっていくわけです
それが私の思考であり思念であり、つまり私という意識の写し鏡であるわけです
先日以下のquoteが舞い込んできました
”あらためて思うけど、僕の Tumblelog は僕自身よりも僕らしいかもしれない。 ”
言い得て妙、真理を一文で表するならばこれしかないという表現だと感心しました
このquoteに触発され本postを書いているわけですが、存外Tumblr利用者の中には自己表現のプラットフォームとして必ずしもTumblrを利用していない方もいらっしゃるようで
あえて基本に立ち返り自分にとってのTumblrとはなんぞやというメタを可視化したくなった次第です
以前「Tumblrが無責任な自己表現のプラットフォームとなりうる」というpostを書いたのも、ベースにはTumblrは自己表現の場であるという私の認識に基づいていたわけです
私はこれほど自己表現の敷居を下げたサービスは未だかつて無いと思っていますし、今後もTumblr続く限り自分という意識の有様をreblogで表現していきたいなと思う次第です
そのreblogをfollowして頂いているアカウント皆様もしくは表ページに来て頂ける皆様に楽しんで頂ければ幸いだと思っています
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